2015年8月7日金曜日

不寛容社会を憂う

一番の憂いは何かと問われたら、「年々不寛容な社会になっていること」と答えます。

「お互い様」にはそれを変える力があると感じる時があります。

「お互い様」は、施す側・施される側、サービスを提供する側・受ける側、という考え方の対極に位置するもの。

誰もが、何らかの担い手としてこの社会に存在しているということを、本人自身が実感できる社会にならないと、最終的に行き詰まる人が多発することになる(実際なっている)と思います。

ルールだ、コンプライアンスだ、ガバナンスだ、という議論が何よりも大事であるかのような風潮に疑問を持たない方が多いと感じますが、一方でそれが社会の不寛容化に拍車をかけていないでしょうか。